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東北ライブハウス大作戦 × FREEDOM NAGOYA 2013

2010年から始まった無料野外フェス「FREEDOM NAGOYA」が今年は「名古屋から東北にパワーを届けたい!」をメインテーマに掲げ、2013年7月20日に名古屋大高緑地公園特設ステージで開催される。今回のFREEDOM NAGOYAのコンセプトは「復興支援」!そこに至ったのは西片明人氏(東北ライブハウス大作戦本部長・SPC代表)、TOSHI-LOW氏(BRAHMAN・OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND)の存在が大きいようだ。今回、FREEDOM NAGOYA 2013開催を記念して、西片氏、TOSHI-LOW氏、そしてFREEDOM NAGOYA 2013の主宰であり、RAD CREATION株式会社の代表を務める綿谷氏の対談を決行。対談は西片氏がPAを始めた頃のエピソードからスタートした…。

Q.まず西片さんがPAを志したきっかけを教えて下さい。

西片:きっかけは中坊のときに兄貴にライブハウスに連れてって貰ったのがきっかけかな。勿論バンドに憧れたし楽器もかじっていたんだけど、ライブハウスそのものに憧れたんだよ。それでライブハウスでPAをやりたいって思うようになって、高校卒業後に上京して旧・新宿LOFTに見習いで入ったのが始まり。


Q.独立したのはいつ頃ですか?

西片:98年くらいかな。当時、旧LOFTの立ち退き問題があって。それで沢山のバンドマンがなんとか存続出来るように応援してくれたんだけど、でもヘッドオフィスはライブハウスだけじゃなくてプロダクションやレーベル、ラジオ番組とかに力を入れるようになっていて。それは悪いことじゃないんだけど、ライブハウスがやることじゃないなって個人的に思って。俺はその頃、Hi-STANDARD、HUSKING BEE、BACK DROP BOMB、あとBRAHMANとかをレギュラーでやってたから旧LOFTを辞めてフリーでやることにしたんだよ。


Q.BRAHMANとの出会いは?

TOSHI-LOW:最近だっけ?(一同爆笑)

西片:震災起きた後だよね。えっと、気仙沼だっけ?(笑)。

TOSHI-LOW:偶然隣で泥かきしながら「PAやってます」っていうから「俺はバンドやってます」って(笑)。

西片:「え〜マジ〜!?」とか言ってね(笑)。

TOSHI-LOW:まあ嘘だけど(笑)。当時、俺達は4人だけで地方とか行くと、知らないライブハウスで音が酷いことも多くて。聴かせたい部分と違う音の配列だったりするわけ。それを初めましてのPAさんにどうやって伝えたら良いか分からなかったんだよ。まだまだ滅茶苦茶な時代だったし。中音(なかおと)はどっちでも良いけど、外音(そとおと)が良いものに憧れてたんだよね。ちょうどその頃、ZEPPとか赤坂BLITZとか大きいライブハウスが出来て、どんな音なんだろうと思って観にいったら、小さいライブハウスと同じ体感でびっくりして。そのときPAをやってたのがハイスタのPAの西片って人だって聞いて。それでお願いするようになったのが出会いかな。

西片:当時のBRAHMANはヴォーカルのディレイをTOSHI-LOWが自分で踏んでたんだよ。それがかっこ悪いから止めろってとこから始まって。

TOSHI-LOW:マイクに無理矢理ギターのディレイかましてたからね。

西片:「バンドの魅力を削ぐから止めろ、こっちに任せろ」って話をしたんだよ。

TOSHI-LOW:歌いながら摘みをイジってるんだもんね。カラオケかって話でしょ。(一同爆笑)


Q.それまでのPAの概念も変わりました?

TOSHI-LOW:そもそもメンバー以外を入れるっていう発想がなかったから。地方行ったって帰ってくる金もない時代にもう一人連れていくのだって大変だったし。でもあそこで判断出来たバンドが結果延びたよね。色んな意味で。

西片:俺はメンバーと一緒にプレイしてる感覚なんだよ。ステージでバンドが演奏してて、フロアにお客さんがいてさ、俺はフロア側にいる唯一のメンバーだって意識があるんだよね。一緒に車乗ってツアーに行く時間も、一緒にメシ喰うのも大事にしてるし。ライブってそのときしかないスペシャルなものじゃん。そのスペシャルなライブ1本1本をツアーでうまく繋げるのもPAの大事な仕事だと思ってる。


Q.それを組織化したのは色んな人を拡げていきたかったのが大きいですか?

西片:当時ひとりでレギュラー4バンドとかやってたから、スケジュールに関しても移動に関しても単純に負担がかかるようになって。それでチームを作ったのが始まりで。

TOSHI-LOW:SPCの前の段階で「西片チーム」みたいなのがあったよね。

西片:俺が行けない現場に代わりの誰かが行くみたいなね。

TOSHI-LOW:みんな頑固なんだよ(笑)。

西片:それがSPCに繋がっていったんだよ。


Q.ちなみにSPCというネーミングはどういう意味があるのですか?

西片:センパイチャンの頭文字。

TOSHI-LOW:違うよ、スゲーポンコツ。(一同爆笑)

西片:ポンコツの「コ」はKOだけど、お洒落にCOにしてるんだよ。(一同爆笑)


Q.ちなみに西片さんがセンパイと呼ばれているのは?

西片:ハイスタきっかけだね。

TOSHI-LOW:難波だよ。難波とセンパイの地元が一緒だから西片先輩って呼んでて。そこからセンパイになって、パイって俺らが呼び始めた(笑)。


Q.では本題に移りたいのですが、西片さんが「東北ライブハウス大作戦」を始めるに至った経緯を聞かせてください。

西片:震災が起きて、とにかく自分の無力さだったり、ダラダラ生きてたことを物凄く噛みしめさせられて。とにかく何も出来なくて、今まで生きてきたことが辛くなるくらい自分の小ささを思い知らされた。それで地震から1ヶ月後にBRAHMANが「幡ヶ谷再生大学〇〇キャンパス」っていうライブを岩手でやって、やっと(被災地に)行くことが出来たのよ。それまでは車で行こうとしても、ガソリンが無くて行けなかったから、何も出来ないまま引き返してきてたの。ちゃんと行けたのは4月11日だった。それから2ヶ月間、仲間の活動を見たりしてインプットはしてるんだけど、自分の中で消化しきれてないっていうか…。答えが出なくて悶々としてたんだけど、人が集まれる場所を作りたいなって漠然と思ったんだよ。それがライブハウスとはすぐには直結したわけじゃないけど。

TOSHI-LOW:住む家もないのにライブハウスを作るなんて、そりゃ直結しないよね。だって車や船が3階とか4階に突き刺さってる状態なんだよ。あれを見て、俺だって直接的に歌いたいとは思わなかったし。でも街に瓦礫が残った状態でも、元気になることと音楽が直結してる人はいたわけで。その人達がCDも聴けないからって瓦礫を片付けながら鼻歌で俺達の歌を歌ってくれてたって話を聞いて、そこに音楽があったんだって思った。じゃあそこで鳴らしたいって思ったんだよ。そしたらセンパイもライブハウス作ろうと思ってるって言うから。結局2012年8月にオープン出来たんだけど、そのためには2011年6月から動く必要があってさ。あの状況で1年後のことなんか中々考えられないから、案の定、非難の嵐で。


Q.ライブハウスを必要としない人もいるわけですからね。

TOSHI-LOW:大多数が要らないよ。だから叩かれたし。

西片:最初は「嘘?」って思ったけど、当たり前の反応だと思って受け入れたよ。こっちには偽善の先輩がついてるし(笑)。

TOSHI-LOW:俺くらいになると偽善も長いからね(笑)。このままいくと善になっちゃう。それはキャラ的にまずい(笑)。偽善でいなければ!


Q.以前ライブのMCでTOSHI-LOWさんは「俺を批判する人がいるけど、そのお陰で俺はやれてる」と話されていましたが、そうやって受け入れることが出来るようになったのは?

TOSHI-LOW:昔は甘えてたんだよ。みんな分かってくれるって思ってたし。例えば自分がどれだけ好きな音楽でも、相手は嫌いかもしれないじゃん。そういうことが当たり前にあるって分かった瞬間が確実にあった。あとは3ヶ月くらいで批判の声も大体出尽くしたからね。やれ売名だ、自分に酔ってるだ、って。でもそれ以上、上手いこと言ってくる奴がいないんだよ。むしろ「スーパー」くらい付けてくれよって思ってるんだけどね。スーパー売名とか、プロ売名とかね(笑)。


Q.敵を敵として見なすか、敵を受け入れた上で動くかで、かなり違うと思うんです。そういう意味では西片さんもTOSHI-LOWさんも受け入れたわけで。

TOSHI-LOW:人生なんて思い通りにいかないことの方が多いでしょ。それを乗り越えてこそ、面白いし自分の支えになってると思う。そう考えたら非難されることも想定内っていう。しかも何もやってない奴に限って非難してくるんだよ。何も怖くないよ、元々1位でビリなんだから。

西片:人から偽善、売名って言われて、それを受け入れて成長出来たから、その人達のおかげ…っていうよりか、この震災を良いきっかけにしなきゃって感覚はある。インプットしてから行動に移すまで間違いがないわけじゃないよ。アウトプットして初めて評価や非難が生まれるから。

TOSHI-LOW:自分の意見がどこでも通じるような錯覚を覚えた時期があって、そういうものを排除しようと思って突き詰めてきたんだけど、それでも甘かった。地震が起きて、売れてるとか有名とかの前にひとりの人間にさせてもらった。そういう意味でも、震災はとてつもなく大きい。今後何があろうが、命さえ残ってれば何でも出来ると思うよ。


Q.それを背負ってやろうとしているのが西片さんやTOSHI-LOWさんで、そこを見て意識改革されたのが綿谷さんの世代だと思うんです。FREEDOM NAGOYA 2013のコンセプトもお二人からの影響が大きいと伺ったのですが。

綿谷:完全にそうですね。それまでは別段コンセプトもなく、無料で音楽を楽しみたいっていうフェスだったので。

TOSHI-LOW:無料にする理由は?

綿谷:僕は普段ライブハウスを経営しているんですけど、1年に1回、普段ライブハウスに来てくれてる人への感謝祭をしたいなって。それで最初は2010年に名古屋港で小さいステージを組んで無料でやったんですけど、それが楽しかったから毎年続けています。無料なので毎回赤字ですが(笑)。

TOSHI-LOW:当たり前じゃん(笑)。無料で黒字だったら「中部電力でもついてるの?」って話でしょ。(一同爆笑)

綿谷:いえいえついてないです(笑)。


Q.今年のFREEDOM NAGOYAで東北ライブハウス大作戦とコラボレーションしようと思ったのは?

綿谷:本当は去年もチャリティーをしたかったんですけど、自分が何も出来てない状況でチャリティーをやる恐怖があって。

TOSHI-LOW:すげー分かる。

綿谷:それで去年は出来なかったんです。でも今年1月に西片さん、2月にTOSHI-LOWさんに初めてお会いして「何も知らないし、何をしていいか分からない」って相談させて頂いたら「それよりまずやれよ」って言って頂いたんです。それでFREEDOM NAGOYAのメインテーマもひっくり返しました。

TOSHI-LOW:メインテーマって何だったの?

綿谷:無料で音楽を楽しむことですね。

TOSHI-LOW:それはひっくり返す必要ないじゃん。あのねえ、ボランティアとかチャリティーが楽しんじゃいけないっていう、クソみたいなプロボランティアがいるのが悪いんだよ。俺も何回もボランティアに行ってるけど、喜んでくれたら何だって良いんだって。人が喜んでくれたら楽しいじゃん。お婆ちゃんにありがとうって言われたら嬉しいじゃん。それを「ボランティアはありがとうって言葉に喜んじゃいけない」とかさあ、どこの高僧だよ。喜んでもらうことを楽しむのは悪いことじゃないから。FREEDOM NAGOYAはフリーライブなんでしょ?最高じゃん。普通はお金がつきまとうんだよ。でもフリーなんだから金動かないんだし。分かり易くて良いと思うよ。


Q.西片さんは綿谷さんから話をもらってどう受け止めましたか?

西片:1月に会ったときにFREEDOM NAGOYAの話は聞いてて。色んな人が色んなやり方でやれば良いと思うし、みんなで作ったライブハウスなんだからみんなでやりたいようにやればいいと思うよ。だから東北ライブハウス大作戦を出店したいって言われて「わかった」と。その前に言いたいことも言ってるしね。それだけ言っておいて連絡来たときに「ちょっとそれは…」とか言えないじゃん。(一同爆笑)

TOSHI-LOW:一歩踏み出したんだよな。俺は踏み出せなかった奴も知ってるから。今更そういう人に文句言うつもりはないんだけど。…中には言った奴もいるけど。

西片:大体言ってるよ(笑)。

TOSHI-LOW:始めの一歩さえ踏み出せたら思ったより進めるんだよ。例えばさ、突然殴られたら痛いけど、自分で頬を出して殴られるのは、痛みを知ってるからそこまで痛くないんだよね。知らないことのほうがよっぽど怖いよ。この国にあれだけ大きい悲しみがあったんだから、経験として知るべきだと俺は思ってる。


Q.あの震災ひとつをとっても、その後の行動って人によってそれぞれあったじゃないですか。国を想うがあまり排外主義になった人もきっといるだろうし、逆にみんなのために何かしたいって思う人もいるだろうし。あの大きな出来事を意味のあるものにしないといけないと思うんです。そういう意味では東海地区で頑張っている綿谷さんと西片さんやTOSHI-LOWさんが繋がったのは意味のあることだなって思いますね。

TOSHI-LOW:スタートすることに、遅いも早いもないから。むしろ、早くからやってる俺達は息切れしれるくらい。だから東北ライブハウス大作戦の映画が出来たりして、それが色んな場所で芽が出てきているのが嬉しいよね。それが繋ぐってことだし。


Q.継続させるために新しい力も出てこないといけないですもんね。

TOSHI-LOW:そういうこと。俺達も新しいパワーを感じると湧くんだよね。集中力と持続力って一緒になきゃ駄目だと思ってるんだけど、集中力を上げるためには自分達が前のめりになるくらい楽しまないとなってすげー思う。

西片:楽しい場所作ってるのに、やってる側がいつまでも辛気臭い顔してたら全然駄目だよ。


Q.あと去年のFREEDOMに車で行ったんですけど、広い駐車場が全部埋まってたんですよ。でも障害者スペースだけはちゃんと空いてたんです。警備員がいるわけじゃないフリーフェスでそこを守れるのが、当たり前のことなのかも知れないですけど感動したんです。

西片:凄いね。サービスエリア見てよ、酷いから。TOSHI-LOWなんかすぐ喧嘩売るからね。

TOSHI-LOW:やるしかないでしょう(笑)。OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUNDでやってる「New Acoustic Camp 」ってイベントがあるんだけど、あれも人の意識の高さに賭けたいなって思ってて。あの日も警備員置かないし、入っちゃいけない場所はロープ1本張ってあるだけなんだよ。そのロープを超えるか超えないかは個人の判断を信じるっていう。そのマナーを守れば面白い空間になるんだよね。

西片:日本全体が縛られてるから。だから生きてる奴らが馬鹿になるんだよ。自分で考えてないっていうかさ。

TOSHI-LOW:なぜ信号を守るかってことからちゃんと考えなきゃ。俺なんか悪い奴だからさ、子供に「夜は守らなくていい。でもそれで轢かれたら自分の責任だ」って教えてるからね。それに信号を守ってたってダンプが突っ込んでくるかもしれないし。100パーセント安全な場所はないってとこまでしっかり教えるから。

西片:平気でコンビニに車が突っ込む奴がいるくらいだし。

TOSHI-LOW:「アクセルとブレーキが近いから悪い」とか言ってね。そんな一握りのおっちょこちょいの馬鹿のために何でもかんでも規制する必要なんてないんだよ。


Q.でも今この国はそんな一握りの馬鹿のために憲法を変えようとしているわけで。

TOSHI-LOW:96条まで変えようとしてるからね。あざとい国だよね。超ずるい人ばっか。でもなんかもう上手くいくことばっかり望んでないし、むしろどんな状況になっても自分らしくいることを考えていけば、当たり前だけど俺達始めから流行ってるわけじゃないし、流行ってる服ばっかりを着るわけじゃない。むしろその逆じゃん。煙たがられる方が人生で多かったじゃん。だから思い通りにいかないことすら楽しむべきだと思う。その代わり戦った上でね。こういう音楽やっててさ「平和な日本で音楽になんの主張があるの?」って海外の人にずっと言われてきたじゃない?「馬鹿野郎、今日本が一番レベルミュージック…パンクから派生した音楽やってて面白い。中指立てるのがこんな面白い国ないぞ!」って言ってやりたいよね。


Q.だからある意味FREEDOMも、気軽だった部分は残しつつ、戦うことも必要なのかもしれないですね。

TOSHI-LOW:楽しむための何かって部分じゃ既に持ってるわけでしょ?だったら趣旨が変わっちゃったっていう必要はないんじゃない?「楽しむためにどうするの?」ってことだよね。ただ楽しむだけならお金だして遊園地行った方が楽しいと思うし。

西片:単純に楽しむって凄い難しいと思うんだよ。毎日毎日働いて、虐げられて、それを発散することが楽しいっていうさ。だから宮古なんて行くと、本当にみんな思いっきり楽しんでくれるんだよ。ライブとか作ってる側が。


Q.そういう空気をFREEDOMで出せると良いかもしれませんね。楽しむという裏に責任、覚悟を持った上で思いっきり楽しめるフェスになれば最高ですね。

TOSHI-LOW:「責任追いたくないからお金払います」って席作ったら?(一同爆笑)

西片:升席みたいな(笑)。

TOSHI-LOW:1席5000円くらいで(笑)。「ここにいる限り絶対安全です」っていう席ね。

西片:見世物にするんでしょ。ちょっと高いとこに席作って(笑)。

TOSHI-LOW:時間になったら2回くらい水の差し入れ持って行って(笑)。

西片:良いじゃん、来年からFREEDOMそうしたら?

綿谷:その席、買い辛いですよ。(一同爆笑)。



西片明人
(東北ライブハウス大作戦本部長・SPC代表)
TOSHI-LOW(BRAHMAN・OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND)
綿谷剛(FREEDOM NAGOYA 2013 主宰・RAD CREATION株式会社 代表)

【東北ライブハウス大作戦】
http://www.livehouse-daisakusen.com/

【FREEDOM NAGOYA 2013】
http://freedom.radcreation.jp/

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