ナードマグネットが2ndフルアルバム『透明になったあなたへ』を完成させた。サラリーマンでありながら年間100本のライブをこなす彼らが『この恋は呪い』『CRAZY, STUPID, LOVE』『MISS YOU』といった「冴えないラブソング編」の時期を経て芽生えた感情が形になった今作『透明になったあなたへ』はこれまでとは明らかに毛色の違った作品となっている。昨今の日本語パワーポップの代名詞ともいえるナードマグネットであるが今作ではポップパンク色が強くなり、お得意のラブソングは影を潜め、今後のバンドの指針となるような気持ちが強く込められた内容となっているのだ。進化を遂げた彼らは8月4日(日)に地元である大阪城野外音楽堂にてレコ発記念フェス『ULTRA SOULMATE 2019』の開催も発表している。新たなフェーズに突入したナードマグネットから目が離せない。
Q.ナードマグネットの第2章が始まりましたね。
須田:そうなんですよ。始まっちゃいました。
Q.ナードマグネットの第1章を僕は勝手に「冴えないラブソング編」と言っているんですけど、その「冴えないラブソング編」が『MISS YOU』でひとつの到達点を迎えたように感じていて。
須田:うんうん。
Q.そしてシングル『FREAKS & GEEKS/THE GREAT ESCAPE』を経た今、完全に新たなフェーズに突入したなと。
須田:もう本当に僕は完全にそういう気持ちで今回のアルバムを作りました。『MISS YOU』の後に「アップサイドダウン」が出来て、今思えばそれくらいから今のモードに入っていたんですけど、『MISS YOU』のツアーを回りながら次は何を作ろうか考えている中で完全に次のモードに入ったんですよ。ちょうどその時期が海外ドラマ「ストレンジャー・シングス」にはまっていた時期だったのでそのモードが反映されたのが「アップサイドダウン」で。
Q.「ストレンジャー・シングス」もそうですし「グーニーズ」とか「スタンドバイミー」のような映画のサウンドトラックのような楽曲ですよね。ナードマグネットの楽曲はそういった映画やドラマのようなカルチャーから受ける影響が大きそうですね。
須田:そこはめちゃくちゃ大きいですね。そんな中でも今作は特に世界のポップカルチャーが何を描いているかに影響を受けた作品になったと思います。
Q.「アップサイドダウン」以降、モードが変わったのは意識的だったのですか?
須田:そうですね。歌詞のテーマに関しては一旦『MISS YOU』で一区切りついたので次は何を歌おうか考えたんですけど、なんとなく居心地の悪さも感じていたのでそこから抜け出したいなと。あと音楽的なところでいえば、僕らって散々WEEZERって言われているんですけど今回のアルバムではWEEZERのオマージュは一切ないんですよ。そこも意識的に変えた部分ではありますね。
Q.今作では「FREAKS & GEEKS」のど頭ではティーンエイジ・ファンクラブの「About You」のオマージュがあったり、Black Kidsの「I’m Not Gonna Teach Your Boyfriend How To Dance With You」のカヴァーではニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」があったり、WEEZER以外のオマージュが沢山散りばめられていますよね。
須田:さすがです。そうやってパワーポップから外れている曲もあれば、逆に寄った曲もあって、パワーポップという言葉の解釈を広げようと思った部分はありますね。
Q.あとは全体を通して2000年代のポップパンク要素も強く感じます。
須田:やっぱり学生時代にめちゃくちゃ聴いていたので、そこは身体に染みついている部分なんですよね。無理矢理寄せたんじゃなくて、実は一番心地良いのがこの辺りっていう。
Q.新しい要素を加えるというより引き出しを開いたという。
須田:まさに。
藤井:「アップサイドダウン」が出来たときは「僕らがポップパンクをやって良いんだ」って思ったんですけど「バッド・レピュテイション」とかは更にポップパンク要素が強くなったのでバンドとしての幅が広がった気はしますね。
Q.「バッド・レピュテイション」は縦ノリのパンク感とコーラスの感じがまさに2000年代のポップパンク節ですよね。それをナードマグネットが日本語でやることがかっこいい。
須田:僕、ボウリング・フォー・スープが好きで。あのバンドってパワーポップなんだけどポップパンクの土壌から出てきたじゃないですか。あの立ち位置が凄く好きで。僕は当時、ボウリング・フォー・スープもモーション・シティ・サウンドトラックもパワーポップの流れで聴いていたんですよ。
Q.先日のYON FES(04 Limited Sazabys主催フェス)のサウンドチェックでナードマグネットがボウリング・フォー・スープの「1985」を演奏したじゃないですか。
須田:やりましたね。フォーリミのお客さんが凄く湧いてくれて嬉しかったです。
Q.「1985」はフォーリミのライブのSEとしても知られていると思うんですけど、ナードマグネットもフォーリミもパワーポップやポップパンクやJポップも含めて色んなジャンルの接着剤になるバンドだと思っていて。それは「バッド・レピュテイション」から感じました。
須田:それは凄く嬉しいですね。もしかしたらパワーポップ原理主義な人は怒るかもしれないですけど、僕らはそこはあまり気にしないで、僕にとってのパワーポップを鳴らすだけだなって。
Q.そういうセオリーからも抜け出したい気持ちはアルバムのテーマのひとつでもあるのかと。シーンやジャンルに囚われないで一歩先に進めるような気持ちというか。
須田:今回は割とどの曲もそういうテーマで作っています。例によって僕はフルアルバムを作るときはAサイドとBサイドで分けて作るんですけど、Aサイドが現状を歌っていて、Bサイドでそこからの変化を歌っていて。ちなみに「虹の秘密」までが」Aサイドで「テキサス・シンデレラ」からがBサイドなんですけど。
Q.確かに「テキサス・シンデレラ」のアメリカンなリフと「時間がない」「次に行こう」というメッセージで物語が動きますよね。
須田:実は「テキサス・シンデレラ」は「恋は呪い」の次くらいに書いた曲なのでかなり古い曲なんですよ。2015年にroot13とThe Calendar of Happy Daysと作ったスプリットに収録していた曲で。いつか再録したいと思っていたんですけど、今回アルバムの曲を並べていく中でぴったりだなと。あの当時はアメリカの映画的な趣味全開で作ったんですけど、あの頃から無意識に今の気持ちとリンクする部分があったのかもなって。だから今回のアルバムに凄くハマっているんですよ。
Q.「COMET」はアルバムの中で毛色が少し違いますよね。
須田:「COMET」は藤井が入る前なので「テキサス・シンデレラ」よりも前の曲なんですよ。この曲は言ってしまえばジミー・イート・ワールドの「SWEETNES」なんですけど、このモロな感じを今の僕らでやったら面白いんじゃないかなと思って歌詞を書き直して収録しました。
Q.これは別れの曲だと思うんですけど、『MISS YOU』までだったら主流なのに今作で聴くと珍しく聴こえるのが面白いですね。
須田:確かに。今までのナードマグネットっぽい歌詞なので今回のアルバムでは異質に聴こえるかもしれないですね。面白い。
Q.須田くんの歌うテーマが変わったことでメンバーとして感じることはありますか?
前川:私は共感出来る部分が増えたなって思っています。同じようなことを考えているなって思う部分も多いし、曲調も前向きなやけっぱち感があって私は凄く楽しいです。
秀村:歌詞が情けない恋愛ソングから切り替わったので、歌詞のイメージに向かったアレンジが出来たらなと思ってドラムを叩いていますね。
藤井:個人的には歌詞が今のモードになってからアレンジで悩むことが増えて。パワーポップな感じだとノリで作れるんですけど、今回は結構ギターで悩みましたね。
Q.ギターのフレーズのあちこちに藤井節は感じましたけどね。聴いていて顔がめちゃくちゃ浮かびますし。
藤井:たぶん顔が浮かぶ部分は簡単に作れたところなのかも。展開とか抑え目になる瞬間のフレーズはかなり悩みました。
Q.音楽的に進化した部分もありますからね。「透明になろう」のような曲は今まで打ち出してこなかったスタイルだと思いますし。
須田:「透明になろう」は曲を作っている段階から今までのアレンジじゃ出来ないなって思っていました。音圧頼りにならないものにしたかったんですよ。それで悩んだ結果、12弦ギターを取り入れているんですけど、ライブでどうしようかなって(笑)。
Q.「バッド・レピュテイション」から「透明になろう」の流れは高低差が凄いですよね。
須田:確かに。あの流れ、凄いですよね。
Q.でも歌っている内容は繋がっていますよね。どっちの曲でも現状から抜け出すことを歌っていて。それは「THE GREAT ESCAPE」まで繋がっていくことなんですけど。
須田:まさにその通りですね。これ、実は曲順が最初は「アップサイドダウン」と「THE GREAT ESCAPE」が逆だったんですよ。最初に「THE GREAT ESCAPE」でドンと言っちゃうみたいな。でも曲順を考える中でそこをひっくり返してみたら映画っぽくなったんです。それはそれで面白いかなって。
Q.「スターウォーズ」をエピソード4から観るかエピソード1から観るかみたいな。
須田:それです。時系列を入れ替えることで違って感じるじゃないですか。あの感覚を味わって欲しいので入れ替えて聴いてみて欲しいです。
Q.映画の話になりましたが、「家出少女と屋上」は「幸せになるための5秒間」からインスパイアされて作った曲ですか?
須田:わ!凄い!それ分かるの凄いですね!
Q.「トッパーズハウスで待ち合わせ」という歌詞でピンときました。
須田:凄いなあ。でも実は映画版はそこまで好きじゃなくて、僕が好きなのは原作のニック・ホーンビィの小説「ア・ロング・ウェイ・ダウン」なんですよ。ニック・ホーンビィは「ハイ・フィデリティ」という僕らみたいな人間の聖書のような小説を書いている人なんですけど、「ア・ロング・ウェイ・ダウン」に出てくるパンキッシュな女の子をイメージして書いたのが「家出少女と屋上」なんです。
Q.さっきのトッパーズハウスじゃないですけど、そういうヒントがナードマグネットの楽曲には隠されていて、例えば「Song For Zac & Kate」はザックとケイトでピンとくる人もいると思いますけど、ザ・ウェリントンズの「Song For Kim」を日本語でカヴァーしつつ曲の随所にザ・ウェリントンズのオマージュが落とし込まれていて。そこにリスペクトと友情を感じました。
須田:普通にCDを買っていたり来日を観に行ってたバンドと一緒にツアーを回れるなんて軌跡だと思ったし、僕らの「アフタースクール」って曲をザックとケイトが英語でカヴァーしてくれたので、そこに対するアンサーを返したくて。それで歌詞を日本語にして、更に原曲と韻の踏み方を意識して歌っています。
Q.hideが「doubt」をZilchとして英語で同じ語感で歌った手法ですよね。
須田:ああ、それですね。あとはニュー・オーダーの「Krafty」の日本語詞をASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチさんが担当したときも語感を合わせにいってましたよね。ああいう遊びをやってみたかったんです。
Q.アルバム冒頭のイントロとラストを飾る「HANNAH / You Are My Sunshine」もリンクしていますがHANNAHというのは?
須田:これは「13の理由」という海外ドラマの女の子の名前ですね。その女の子は自殺してしまうんですけど、彼女が何故死んだのかをカセットテープに吹き込んで当事者に配っていく話で。それを元に書いた曲です。
Q.そうやって影響を受けたものをアウトプットすることで色んなものに辿り着けるのがナードマグネットを聴く楽しみのひとつでもありますね。この数年で活動の幅も拡がったと思いますが自身ではどう感じていますか?
秀村:それこそフォーリミがYON FESに呼んでくれたり、色んな意味で外に向かっている時期だと思っていて。この状況は色んな人にナードマグネットを聴いてもらえるチャンスだと思うので頑張っていきたいですね。
藤井:そに分やっぱりプレッシャーもあるんですけど、バンドは楽しくやれているので、より良い音楽を作っていけるように努力しなきゃなって思っています。
前川:色んな人に観てもらう機会が増えて、そのタイミングで前と同じことをしていても面白くないし、須田くんもやりたいことが変わってきてるし、なんか今、バンドがめっちゃ楽しいですね。バージョンアップされてる感じがあって。
須田:今の編成になってから『MISS YOU』までもナードマグネットとしてやりたいことを思いっきりやってきたし、当時はフェス向けの高速4つ打ち全盛期なシーンに対するアンチテーゼとして趣味全開のパワーポップを鳴らしてきたんですけど、ここでちゃんとナードマグネットというバンドに自分達で向き合わないとなって思っていて。アメリカのカルチャーが好きで、軽い気持ちでナードマグネットという名前を付けたけど、そこに責任を持って活動していきたいなって最近よく思うんです。だから今回のアルバムには色んな物語がありますけど、ステレオタイプにならないようにそれぞれのパーソナルな物語を書きたかったんです。それがいっぱい集まってるアルバムが『透明になったあなたへ』という作品なんです。この2年くらいで考えていた色んなことがやっとまとまって出来たアルバムなので、そういう意味でも第2章が始まった気はしていますね。
リリース情報
タイトル:透明になったあなたへ
TTPC-0011
¥2500(税込)
2019年6月12日発売
ナードマグネット presents 「ULTRA SOULMATE 2019」
日時:2019年8月4日(日)
会場:大阪城音楽堂